脳の特定の神経細胞だけを回収して遺伝子解析|Accuva Cellectを用いた神経回路研究の事例

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脳には、数多くの神経細胞(ニューロン)が存在しています。

同じ脳領域に存在する神経細胞でも、ほかの神経細胞との接続先や役割が異なる場合があります。

こうした神経細胞の違いを遺伝子レベルで調べたい場合、脳組織全体からRNAを抽出する方法では、異なる種類の細胞の情報が混ざってしまいます。

そこで役立つのが、**レーザーマイクロダイセクション(Laser Capture Microdissection:LCM)**です。

今回は、米国LAXCO社のアプリケーションノート第7号をもとに、鳥の脳から特定の神経細胞を選択的に回収し、遺伝子発現を比較した研究事例をご紹介します。

神経細胞の接続先によって遺伝子発現は異なるのか?

今回の研究では、ゼブラフィンチ(Taeniopygia guttata)という小鳥が使用されました。

ゼブラフィンチは、ほかの鳥の鳴き声を聞いて歌を学習することから、神経回路や学習行動を研究するモデル動物として利用されています。

この鳥の脳には、歌の学習や発声に関係する「HVC」と呼ばれる領域があります。

HVCには、異なる脳領域に信号を送る2種類の投射ニューロンが存在します。

・HVC-RAニューロン: RAという脳領域へ投射する神経細胞

・HVC-Xニューロン: Area Xという脳領域へ投射する神経細胞

これらの神経細胞はHVCの中に混在しているため、通常の組織解析では、それぞれの遺伝子発現を区別することが難しくなります。

研究者は、神経細胞の接続先によって、遺伝子発現にどのような違いがあるのかを調べました。

逆行性蛍光トレーサーで神経細胞を識別

今回の研究で特徴的なのは、神経細胞の接続先を利用して細胞を識別したことです。

研究者は、RAとArea Xに、それぞれ赤色または緑色の蛍光色素を結合したコレラ毒素Bサブユニット(CTB)を注入しました。

CTBは神経終末から取り込まれ、神経突起を通って細胞体へ逆行性に輸送されます。

これにより、HVC内に存在する2種類の投射ニューロンを、異なる蛍光色によって識別できるようになりました。

この方法は「逆行性トレーシング」と呼ばれ、神経回路の接続関係を調べる研究で利用されています。

つまり、単に細胞の形や位置で選ぶのではなく、どの脳領域につながっている神経細胞なのかを識別して回収できることが、今回の研究の重要な特徴です。

Accuva Cellectによる神経細胞の選択的回収

蛍光標識した神経細胞を回収するため、研究ではAccuva Cellect LCM-FL1Aが使用されました。

まず、ゼブラフィンチの脳を凍結し、厚さ8 µmの組織切片を作製しました。

その後、蛍光顕微鏡で赤色または緑色に標識された神経細胞を確認し、レーザーマイクロダイセクションによって目的の細胞を回収しました。

今回の実験では、IRレーザーのみを使用しています。

レーザーの照射径は約10 µmで、神経細胞の細胞体の大きさに近い条件が設定されました。

各個体から回収された神経細胞数は、以下のとおりです。

神経細胞の種類 回収細胞数
HVC-RAニューロン 約2,000個
HVC-Xニューロン 約1,500個

回収した神経細胞は種類ごとにまとめられ、その後のRNA解析に使用されました。

この研究では、同じ脳領域に混在する異なる神経細胞を、蛍光標識に基づいて選択的に回収できたことが示されています。

RNAの品質を維持するための工夫

神経細胞から遺伝子発現を解析する際には、RNAの品質を維持することが重要です。

RNAは分解されやすいため、組織切片の解凍から細胞回収、RNA抽出までの時間が長くなると、解析結果に影響する可能性があります。

今回の研究では、組織切片を解凍してから回収細胞を抽出バッファーに移すまでの時間を、45分以内に抑えることが推奨されています。

また、RNA分解酵素(RNase)による汚染を防ぐため、試薬や実験器具の取り扱いにも注意が払われています。

LCMを用いたRNA解析では、回収できる細胞数だけを重視するのではなく、RNAの品質を維持しながら適切な時間内に回収することが重要です。

回収した神経細胞からRNAを抽出・増幅

回収した神経細胞からのRNA抽出には、PicoPure RNA Isolation Kitが使用されました。

その後、RiboAmp HS RNA Amplification Kitを用いて、RNAを2回増幅しています。

資料では、増幅後に平均約70~90 µgの増幅RNA(aRNA)が得られたと報告されています。

増幅RNAの品質はAgilent 2100 Bioanalyzerで評価され、収量はNanoDrop ND-1000によって測定されました。

14羽のゼブラフィンチから得られた試料について、安定した品質の増幅RNAが得られたことが報告されています。

なお、70~90 µgという値は増幅後のRNA量であり、回収直後の神経細胞から直接得られたRNA量ではありません。

DNAマイクロアレイで遺伝子発現を比較

次に、研究者は2種類の神経細胞の遺伝子発現を比較しました。

解析には、ゼブラフィンチの脳由来cDNAを用いたDNAマイクロアレイが使用されています。

DNAマイクロアレイは、多数の遺伝子の発現をまとめて調べる技術です。

今回の研究では、同じ個体から回収したHVC-RAニューロンとHVC-Xニューロンを比較することで、個体差の影響を抑えながら、神経細胞の種類による発現の違いを調べました。

実験結果:多くの遺伝子は似ているが、一部に明確な違いがあった

解析の結果、2種類の投射ニューロンでは、多くの遺伝子が同程度に発現していることが分かりました。

2倍以上の発現差という基準を用いた解析では、98%を超える遺伝子が同程度の発現を示しました。

一方で、一部の遺伝子には、神経細胞の種類による明確な発現差が認められました。

研究者は、こうした遺伝子が、それぞれの投射ニューロンを特徴付ける分子マーカーになる可能性に注目しました。

つまり、同じ脳領域に存在する神経細胞でも、接続先によって異なる遺伝子発現の特徴を持つことが示されたのです。

別の解析方法でも結果を確認

DNAマイクロアレイで得られた結果について、研究者はさらに2種類の方法で検証しています。

In situ hybridization(ISH)

ISHは、組織の中で特定のRNAがどの細胞に存在するかを調べる方法です。

今回の研究では、発現差が大きい候補遺伝子8種類のうち、7種類についてISHによる発現パターンの確認ができました。

また、同じ種類の投射ニューロンでも、すべての細胞が同じ遺伝子を発現しているわけではないことが分かりました。

これは、同じ神経細胞集団の中にも、さらに分子レベルの多様性が存在する可能性を示しています。

TaqMan定量PCR

さらに、発現差の大きかった3種類の遺伝子について、TaqMan定量PCRによる検証が行われました。

その結果、神経細胞の種類による有意な遺伝子発現差が確認され、DNAマイクロアレイの結果が支持されました。

このように、複数の解析方法を組み合わせることで、遺伝子発現の違いをより確実に評価しています。

神経科学研究におけるLCMのメリット

今回の研究から、LCMには次のような利点があることが分かります。

1. 混在する神経細胞を選択的に回収できる

同じ脳領域に異なる神経細胞が存在していても、蛍光標識などによって目的の細胞を識別し、回収できます。

2. 神経回路の接続先に基づいた解析ができる

神経細胞の位置や形態だけでなく、どの脳領域に投射しているかという特徴を利用して、解析対象を選択できます。

3. 組織切片から直接細胞を回収できる

細胞を長時間かけて単離する工程を避けられるため、試料調製中の遺伝子発現変化を抑えられる可能性があります。

4. 回収した細胞を分子解析につなげられる

LCMで回収した神経細胞からRNAを抽出し、DNAマイクロアレイや定量PCRなどの解析につなげることができます。

神経変性疾患や脳研究への応用可能性

今回の研究はゼブラフィンチの歌学習に関係する神経回路を対象としていますが、LCMによる特定神経細胞の回収技術は、さまざまな神経科学研究への応用が考えられます。

例えば、以下の研究分野です。

・アルツハイマー病などの神経変性疾患研究

・パーキンソン病に関連する神経細胞の解析

・神経回路の形成・発達に関する研究

・学習や記憶に関係する神経細胞の研究

・脳の特定領域に存在する細胞集団の遺伝子発現解析

・蛍光標識された神経細胞の分子特性解析

ただし、これらはLCM技術の応用が考えられる研究分野であり、今回のアプリケーションノートで各疾患への適用が直接実証されたわけではありません。

Accuva Cellectとは?

Accuva Cellectは、米国LAXCO社が提供するレーザーマイクロダイセクションシステムです。

顕微鏡で目的の細胞や組織領域を観察しながら、レーザーを使用して選択的に回収できます。

蛍光観察に対応した構成も用意されており、蛍光標識された細胞や組織領域の回収にも利用できます。

今回の研究では、Accuva Cellect LCM-FL1Aを使用し、IRレーザーによって異なる投射ニューロンを選択的に回収しています。

このような研究事例は、神経科学におけるLCMの具体的な活用方法を示すものです。

まとめ

今回の研究では、ゼブラフィンチの脳に存在する2種類の投射ニューロンを、逆行性蛍光トレーサーによって識別しました。

その後、Accuva Cellectを使用して、それぞれの神経細胞を選択的に回収し、RNA抽出・増幅・DNAマイクロアレイ解析を行いました。

その結果、多くの遺伝子は両細胞集団で同程度に発現している一方、一部の遺伝子では明確な発現差が認められました。

さらに、ISHや定量PCRによって、その違いが確認されています。

この研究は、神経回路の接続先に基づいて特定の神経細胞を回収し、その分子特性を解析するうえで、LCMが有用であることを示しています。

株式会社インミディアムでは、米国LAXCO社のレーザーマイクロダイセクションシステム「Accuva Cellect」を取り扱っています。

神経科学、病理学、分子生物学などの研究において、目的細胞の選択的回収やLCM装置の導入をご検討の方は、お気軽にお問い合わせください。

製品名:Accuva Cellect
製造元:LAXCO, Inc.(米国)
日本国内取扱い:株式会社インミディアム
ホームページ:https://www.inmediam.com

参考資料

LAXCO, Inc.
Laser Capture Microdissection (LCM) and Expression Profiling of Long-Range Projection Neurons.
Application Note #7. © 2024 LAXCO Inc.

※本記事はLAXCO社のアプリケーションノートに基づいて作成しています。記載した研究結果は当該実験条件で得られたものであり、すべての試料で同等の結果が得られることを保証するものではありません。

※Accuva Cellectは研究用機器です。